misakoinSGの日記

From what I see and learn from Singapore…シンガポールで考えたこと徒然

星港便り第1回「外国人としてこの町に住む安心感」

ロサンゼルスの日系人向け新聞「羅府新報」で連載が始まった。

  


 赤道直下のシンガポールに着任したのは6月末のこと。あれから早くも4カ月が経った。快適で安定した天候と、抜けるような青い空を楽しめる南カリフォルニアの生活は、すっかり遠くなりにけり、である。
 米国東海岸での勤務から西海岸に異動になった直後は、ビーチに佇み、この太平洋の向こう側には日本列島がある、とアジアをひときわ近く思い、感傷的になったものだ。アメリカ大陸からみて、ロサンゼルスが「アジア太平洋」への入り口だとすれば、その向こうにあるシンガポールは、グローバル・ハブである。世界の成長市場の中心と成長し、物流と情報の中継地となったシンガポールを、ロサンゼルスから垣間みてもらうのも面白いかもしれないと思い、連載の筆を執ることにした。
 9月のシンガポール政府発表の人口調査によると、東京23区と同程度しかない面積のこの小国に、547万人が暮らしている。伸び率は落ちたものの、それでもまだ人口は増えている。ただし、シンガポール生まれの市民は334万人で、ロサンゼルス市の人口388万人と似たような数字である。また多文化共生ぶりはロサンゼルスにも劣らず、市民の74%が中華系、13%がマレー系、そして9%がインド系で、方言混じりのいろいろな言語が飛び交っている。さらにパーマネント・レジデント(PR)と呼ばれる大陸中国や台湾を含む各国からの移住者が53万人、加えて私のような駐在外国人が160万人も暮らしているのである。
 町ですれ違う5人のうち2人が、外国生まれというこの小さな都市国家では、しかも、犯罪率が極めて低い。外国人が増えると犯罪が増えるというのは、ここでは都市伝説ですらないのだ。犯罪が起きにくい町は、人々の心に安心感を培養する。

1953年に日本の「交番」を導入した警察官による治安維持システムも、この町に安心感を与えている理由の一つであろう。実は20年近くも前に、日本の毎日新聞社のイニシアティブで始まった「世界のお巡りさんコンサート」が、今年はシンガポールのオペラハウスにあたるエスプラネードホールで10月8日に開催された。
 まずは日本の警視庁音楽隊の登場。年間150回もの演奏会を行っているプロ集団で、さすがに安定したシンフォニーを聞かせてもらった。次は、現役警官としての任務遂行の傍ら音楽隊活動をしているニューヨーク市警(NYPD)による、ジャズボーカルあり、スチールドラムありの賑やかでとにかく楽しい演奏が続いた。前日の懇親会であいさつをかわした一人は、9・11でグランドゼロに立っていたという。
 最後に登場のシンガポール警察音楽隊には、英国統治の歴史から、異国情緒たっぷりのグルカ兵によるタータンチェックのキルトをまとったバグパイパーとドラマーたちが加わり、さらに世界でも珍しい女性警官によるバグパイパーも加勢し、大ホールは哀愁に満ちた音律で満たされた。フィナーレの「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」の心地よいバグバイプの余韻がいつまでも耳に残り、何にも代え難い安心感は、こうやって人の胸に沁み込むのだと悟ったのだった。

 伊藤実佐子(いとうみさこ)=在シンガポール日本大使館参事官・ジャパン・クリエイティブ・センター所長。津田塾大学卒業後、米国系投資銀行、出版社勤務後、2004年より独立行政法人・国際交流基金と外務省を3〜4年ごとに出入りを繰り返して勤務。2007年から在アメリカ大使館(ワシントンDC)参事官、2011年から国際交流基金ロサンゼルス日本文化センター所長、アメリカ勤務は7年4カ月に及び、2014年6月より現職。日本文化の海外における発信を主な仕事としている。

フィナーレでお互いの演奏をたたえ合う(左から)ニューヨーク市警察音楽隊・トニー・ジョルジオ隊長、シンガポール警察音楽隊・アムーリ・ビン・アミン隊長、警視庁音楽隊・藤崎凡隊長【毎日新聞社提供】